遺産分割協議書で「母にすべて」相続する方法と二次相続で後悔しないための注意点

お父様が亡くなられた後、残されたご家族が「お母さんのこれからの生活が心配だから、父の遺産はすべて母に相続してもらおう」と考えるのは、ごく自然なことです。子供として、これまで家族のために尽くしてくれた母の将来を案じ、金銭的な不安なく暮らしてほしいと願うのは当然でしょう。

法律上、相続人全員が合意すれば、「遺産分割協議書」を作成することで、お母様がすべての遺産を相続することは可能です。しかし、ご家族全体の将来を見据えたとき、この選択が必ずしも最も賢明とは限らないケースがあることも事実です。特に、将来発生する「二次相続」まで考慮に入れると、かえってご家族の税負担が重くなってしまう可能性があります。

この記事では、お父様の遺産をすべてお母様に相続させるための具体的な手続きから、そのメリット、そして最大の注意点である二次相続の問題まで、解説します。

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目次

父の遺産を「母にすべて」相続させるための手続き

法定相続分とは異なる割合で遺産を分けることは、相続人全員の合意があれば法的に何の問題もありません。お父様の遺産をすべてお母様が相続する場合、その合意内容を証明する「遺産分割協議書」を作成することが最も一般的な方法です。

遺産分割協議書の作成手順

遺産分割協議書は、以下の手順で作成します。

  1. 相続人全員の確認
    亡くなったお父様の戸籍を遡り、法律上の相続人が誰なのかを正確に確定させます。前妻との間にお子さんがいる場合など、想定外の相続人がいる可能性もあります。一人でも欠けた状態での協議は無効となるため、この確認作業は非常に重要です。
  2. 遺産分割協議
    確定した相続人全員で、お母様がすべての財産を相続することについて話し合い、合意を形成します。この合意は、必ず書面に残す必要があります。
  3. 協議書の作成と署名・押印
    協議で合意した内容、つまり「お母様がすべての遺産を相続する」という旨を明確に記載した遺産分割協議書を作成します。お母様を含む相続人全員が署名し、実印を押印します。そして、各自の印鑑証明書を添付することで、法的に有効な書類となります。

遺産分割協議書の書き方

遺産分割協議書で財産の指定方法には、主に2つの書き方があります。

財産を個別に記載する方法

不動産、預貯金、有価証券など、判明している財産を一つひとつ具体的にリストアップし、それぞれについて「妻 〇〇が相続する」と明記する方法です。不動産を記載する場合は、登記事項証明書(登記簿謄本)に記載されている通り、所在地や面積、家屋番号などを正確に転記する必要があります。

また、後から新たな財産が見つかった場合に備え、「本協議書に記載なき遺産及び、後日判明した遺産については、妻 〇〇が相続する」といった一文(後日判明した財産に関する条項)を加えておくと安心です。

「一切の財産」とまとめて記載する方法

より簡潔な方法として、「被相続人が有する一切の財産は、妻 〇〇が相続する」と記載することも可能です。この書き方であれば、協議後に見つかった財産も自動的にお母様が相続することになります。

ただし、この方法には重要な注意点があります。「一切の財産」には、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産(債務)もすべて含まれます。もしお父様に借金があった場合、その返済義務もすべてお母様が引き継ぐことになる点を理解しておく必要があります。

なぜ「母にすべて」が選ばれるのか?一次相続でのメリット

この方法が選ばれる最大の理由は、お父様が亡くなった際の相続(一次相続)において、相続税の負担をゼロにできる可能性が高いからです。

これを可能にするのが、「配偶者の税額軽減」という非常に強力な制度です。この制度により、配偶者(この場合はお母様)は、以下のいずれか多い金額までの財産を相続しても、相続税がかかりません。

  • 1億6,000万円
  • 配偶者の法定相続分

多くの場合、お父様の遺産総額はこの範囲内に収まるため、お母様がすべての遺産を相続すれば、一次相続での相続税は0円となります。これが、この分割方法が選ばれる大きな動機です。

ただし、この制度を利用して相続税が0円になった場合でも、相続開始を知った日から10ヶ月以内に相続税の申告書を税務署に提出する必要があることは忘れないでください。申告をしなければ、この軽減措置は適用されません。

最大の注意点:「二次相続」で相続税が高額になる可能性

一次相続で大きな節税メリットがある一方、この戦略には長期的に見ると大きな落とし穴があります。それが「二次相続」の問題です。二次相続とは、今回遺産を相続したお母様が、将来亡くなった際に発生する相続のことを指します。

お母様がすべての遺産を相続した場合、一次相続と二次相続を合わせたトータルの相続税額は、他の分割方法に比べて高額になる可能性が非常に高いのです。その理由は以下の通りです。

  • 配偶者控除が使えない
    二次相続では、相続人は子供たちだけになります。亡くなったお母様には配偶者がいないため、一次相続で使えた強力な「配偶者の税額軽減」は利用できません。
  • 基礎控除額が減る
    相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)は、相続人の数によって決まります。二次相続では法定相続人がお母様の分だけ一人減るため、基礎控除額が小さくなり、課税対象となる遺産額が増えやすくなります。
  • 遺産総額が増える
    お母様がもともと持っていたご自身の財産に、今回お父様から相続した財産がすべて上乗せされます。これにより、二次相続の対象となる遺産総額が大きくなり、結果として高い税率が適用される可能性が高まります。
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「相続放棄」は絶対NG!正しい方法との違い

お母様にすべての遺産を渡したいと考えたお子様が、良かれと思って「相続放棄」を選択してしまうケースがありますが、これは絶対に避けるべき重大な誤りです。

「相続放棄」とは、家庭裁判所で手続きを行い、法的に「初めから相続人ではなかった」ことにする制度です。そのため、お子様が相続放棄をすると、その相続権はお母様に移るのではなく、次順位の相続人であるお父様のご両親(祖父母)や、ご兄弟姉妹(叔父・叔母)に移ってしまいます。

その結果、お母様は義理の両親や兄弟姉妹と遺産分割について話し合わなければならなくなり、事態が複雑化する恐れがあります。お母様に自身の相続分を渡したいという目的を達成するための正しい方法は、あくまで「遺産分割協議書」でその旨を合意することです。

遺産分割協議書が無効になるケース

せっかく作成した遺産分割協議書も、特定の状況下では無効になってしまうことがあります。注意すべき主なケースは以下の通りです。

  • 相続人が全員参加していない
    戸籍調査で見落としがあり、前妻の子など、法律上の相続人が一人でも協議に参加していなかった場合、その遺産分割協議は無効です。
  • 相続人が認知症の場合
    お母様が認知症などで判断能力を欠いている状態で遺産分割協議を行っても、その合意は無効となります。この場合、家庭裁判所に申し立てて「成年後見人」を選任し、その後見人がお母様に代わって協議に参加する必要があります。
  • 相続人に未成年者がいる場合
    相続人にお子様(お孫様など)が未成年者の場合、親権者であるお母様がその代理人となることはできません。お母様自身も相続人であるため、利益が相反するからです。この場合は、家庭裁判所に「特別代理人」の選任を申し立てる必要があります。

節税だけではない、家族の想いを考える

税金の話を中心に進めてきましたが、相続は数字だけで割り切れるものではありません。データによれば、一次相続から二次相続までの平均期間は10年から15年と言われています。

お子様たちが「遺産はすべてお母さんに」と申し出ることは、お父様と共に財産を築き、家族を支えてきたお母様への感謝と労いを示す「親孝行」の形でもあります。この一言が、残りの人生を一人で歩むお母様にとって大きな心の支えとなり、その後の良好な家族関係を育むきっかけになることも少なくありません。

税効率だけを追求するのではなく、こうした家族の想いや感情も、遺産分割を決定する上で非常に大切な要素です。

まとめ

お父様の遺産をすべてお母様が相続することは、遺産分割協議書を作成することで法的に可能です。一次相続においては「配偶者の税額軽減」により相続税が非課税になるという大きなメリットがあります。

しかし、その一方で、将来のお母様の相続(二次相続)まで含めて考えると、結果的に家族全体の税負担が最も重くなる可能性が高いというデメリットも存在します。

相続を考える際には、目先の一次相続だけでなく、二次相続まで含めた長期的な視点を持つことが極めて重要です。ご家族の資産状況やそれぞれの想いは千差万別です。最終的な判断を下す前に、一度、相続に詳しい税理士などの専門家に相談し、ご自身の家族構成や財産状況に基づいたシミュレーションを行ってもらうことを強くお勧めします。それが、ご家族全員にとって最も納得のいく「賢い選択」に繋がるはずです。

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