遺言の撤回には落とし穴も?自筆・公正証書別の正しい手続き

長谷川 亮又
行政書士・宅地建物取引士・公認不動産コンサルティングマスター・不動産会社代表
1969年生まれ、AB型。学生時代に宅地建物取引士を取得。事業用不動産仲介を経て、家業にて地域密着型の実務を経験。平成17年に空間計画エステート有限会社を設立し、不動産仲介から管理まで一貫したサービスを提供。令和5年に行政書士登録。「不動産×法務」の両面から、専門性の高いトータルサポートを実践しています。

「一度書いた遺言書は、もう変えられない」と思い込んでいませんか? 人生には、不動産の売却や家族構成の変化、あるいは心境の変化など、予期せぬ出来事がつきものです。実は、日本の法律では「遺言を書き直す自由」が手厚く保護されており、何度でも、そしていつでも内容を変更することが認められています。

しかし、その一方で「つもりの撤回」が原因で、死後に古い遺言書が有効になってしまうといったトラブルもございます。今回は、遺言を「撤回」するための基本ルールから、自筆・公正証書それぞれの具体的な手続き、そして絶対に避けたい落とし穴まで、わかりやすく解説します。

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目次

遺言の「撤回」に関する基本原則

遺言を書き直したり、なかったことにしたりすることを法律用語で「撤回(てっかい)」と呼びます。まずは、撤回に関する大原則を正しく理解しましょう。

遺言撤回の自由(民法1022条)

民法第1022条には、「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる」と明記されています。

これは、遺言者が生存している限り、自身の意思をコントロールできる権利を認めたものです。たとえ一度は「長男にすべてを譲る」と書いたとしても、翌日に「やはり長女に譲る」と書き直すことは、法律上全く問題ありません。回数に制限もありませんし、撤回するために親族の同意を得る必要もありません。

撤回権の放棄禁止(民法1026条)

非常に重要なのが、「遺言を撤回する権利は、あらかじめ放棄することができない」という点です(民法1026条)。

たとえば、特定の受遺者(財産をもらう人)との間で「この遺言は将来絶対に撤回しない」という契約を結んだり、遺言書の中に「この遺言を撤回することはできない」という条項を盛り込んだりしても、その約束や条項は法律上無効です。遺言者は、どのような約束があったとしても、常に自由に遺言を撤回する権利を持ち続けます。これは、遺言者の真の最終意思を保護するための強力なルールなのです。

遺言の方式に従う必要性

自由といっても、口頭で「昨日の遺言はやめた」と言ったり、チラシの裏にメモを残したりするだけでは撤回したことにはなりません。撤回行為そのものも、法律で定められた「遺言の方式」に従って行う必要があります。

具体的には、新たな遺言書を作成するか、後述する物理的な破棄などの一定の行為を行う必要があります。方式を欠いた撤回は無効となり、意図に反して古い遺言書がそのまま有効になってしまうリスクがあるため、慎重な手続きが求められます。

遺言を撤回する主な3つの方法

遺言を撤回するには、主に以下の3つの方法があります。状況に合わせて最適な方法を選びましょう。

1. 新たな遺言書を作成する(抵触による撤回)

最も確実で実務的な方法が、新しい日付で遺言書を作成し直すことです。

  • 明示的な撤回: 新しい遺言書に「令和〇年〇月〇日付の遺言書をすべて撤回する」と記載する方法です。
  • 抵触(矛盾)による撤回: 前の遺言と後の遺言の内容が矛盾している場合、その矛盾する部分については、自動的に新しい遺言によって古い遺言が撤回されたとみなされます(民法1023条1項)。

【具体例:優先順位の考え方】

  • 第1遺言(古い): 「自宅不動産を長男に相続させる」
  • 第2遺言(新しい): 「自宅不動産を次男に相続させる」

この場合、対象となる財産が同一であり、内容が完全に矛盾(抵触)しています。法律では「後の遺言が最新の意思である」と判断するため、第2遺言が優先され、第1遺言の該当部分は撤回されたことになります。結果として、次男が自宅を相続することになります。

2. 遺言書を物理的に破棄する

遺言者が「故意に」遺言書を破棄した場合、その破棄した部分については撤回したものとみなされます(民法1024条)。

  • 具体的な行為: 遺言書を破る、燃やす、シュレッダーにかける、文面全体に大きく×印を引くなどが該当します。
  • 注意点: 重要なのは「遺言者本人が」「わざと(故意に)」行うことです。うっかり紛失したり、他人が勝手に破いたりした場合は、法律上の「撤回」にはあたりません。

ここで問題となるのが「コピーの存在」です。原本を破棄すれば法的には撤回完了ですが、相続人が「撤回前のコピー」を見つけた場合、「本当はこうして欲しかったはずだ」という主張の根拠となり、紛争や訴訟に発展するケースも考えられます。コピーであっても、感情的なしこりや証拠能力の争いを生むリスクがあるため、原本破棄の際はコピーも併せて処分します。

3. 遺言内容と矛盾する「生前処分(撤回擬制)」を行う

遺言で「誰かにあげる」と決めていた財産を、生前のうちに売却したり贈与したりした場合、その財産に関する遺言の部分は撤回されたとみなされます。これを専門用語で「撤回擬制(てっかいぎせい)」と呼びます(民法1023条2項)。

【実務上の落とし穴:売却代金の行方】 例えば、遺言書で「自宅を長男に相続させる」と書いていたけれど、生前に自宅を3,000万円で売却したとします。このとき、自宅についての遺言は撤回されたことになりますが、「売却代金である3,000万円(現金や預貯金)」が自動的に長男のものになるわけではありません。

売却代金はあくまで「預貯金」という別の財産として扱われます。もし、自宅を売ったお金を長男に引き継がせたいのであれば、「自宅の売却代金が入った銀行預金は長男にこれは実務上、非常によくある失敗事例です。

方式別・遺言撤回の手続きと注意点

現在お持ちの遺言書の種類によって、撤回の実務上のハードルが異なります。

自筆証書遺言の撤回手続き

自宅で保管している場合

原本を物理的に破棄(シュレッダーや焼却)すれば撤回完了です。一部修正を希望する場合、民法968条2項により「修正箇所を指示し、変更内容を付記して署名し、修正箇所に押印する」という極めて厳格なルールがあります。このルールを一つでも外すと修正は無効となり、元の内容のまま(あるいは判読不能で全体が無効)となるリスクがあるため、一部修正であっても全文を書き直すことを強く推奨します。

法務局(遺言書保管所)に預けている場合

法務局の「自筆証書遺言書保管制度」を利用している場合、手続きは一段と厳しくなります。

  1. 保管の撤回請求: 遺言者本人が法務局へ「出頭」し、撤回書を提出する必要があります。郵送や代理人は認められず、顔写真付き本人確認書類が必須です。
  2. 原本の返還: 保管が撤回されると、原本が手元に戻却されます。

【注意点】 法務局での「保管の撤回」は、あくまで「法務局での預かりをやめる」という手続きに過ぎません。返還された遺言書をそのまま持っているだけでは、遺言の内容自体は依然として有効なままです。 遺言自体をなくしたいのであれば、戻ってきた原本を必ず破棄するか、新しい遺言書を作成してください。

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公正証書遺言の撤回手続き

原本は公証役場にある

公正証書遺言の「原本」は、公証役場で厳重に保管されています。手元にあるのは「正本」や「謄本」という写しに過ぎません。したがって、手元の書類を処分しても、遺言を撤回したことにはなりません。 原本が残っている限り、その遺言は有効なものとして扱われてしまいます。

確実な撤回方法

公正証書遺言を確実に撤回するには、以下の手続きが必要です。

  1. 新たな公正証書遺言を作成する: 「前の公正証書遺言を撤回し、新しく以下の通り定める」と記載します。
  2. 「撤回のみ」を目的とする公正証書を作成する: 新たな指定はせず、単に前の遺言を白紙にしたい場合に行います。
    • 手続きの要件: 作成には「証人2名以上の立ち会い」「遺言者の実印」「印鑑登録証明書」が必要です。

自筆証書遺言で公正証書遺言を上書きできるか?

法律上は可能です。しかし、実務上はおすすめしません。なぜなら、自筆証書遺言は形式不備(日付漏れや押印ミスなど)で無効になりやすいからです。せっかく上書きしようとしても、後の自筆証書遺言が無効であれば、古い公正証書遺言が「有効」として生き残ってしまいます。確実性を期すなら、公正証書遺言の撤回は同じく公正証書で行うのが望ましいです。

【重要】一度撤回した遺言をさらに撤回したらどうなる?(非復活主義)

「一度撤回した遺言を、さらなる撤回によって復活させることはできるか」という問題です。民法1025条は、原則としてこれを認めていない「非復活原則(非復活主義)」を採用しています。

【具体例で解説】

  1. 第1遺言: 「Aに相続させる」
  2. 第2遺言: 「第1遺言を撤回し、Bに相続させる」 → この時点で第1遺言は失効
  3. 第3遺言: 「第2遺言を撤回する」

この場合、第3遺言によって第2遺言は消えますが、消えていた第1遺言が自動的に復活することはありません。 何も対策をしなければ、遺言が一つもない「白紙状態」となります。「やはり最初の通りAに譲りたい」のであれば、第3遺言の中で「改めてAに相続させる」と明記し、新しく書き直す必要があります。

【例外規定:復活が認められるケース】 民法1025条但書に基づき、撤回行為自体に瑕疵がある場合は例外的に復活します。

  • 詐欺・強迫: 誰かに騙されたり、脅されたりして撤回させられた場合。
  • 錯誤(さくご): 重要な内容について勘違いをして撤回してしまった場合。 ただし、これらは裁判等での立証が極めて困難であり、実務的には「同じ内容で新しく書き直す」ことが最も確実な解決策です。

遺言の撤回・書き直しで失敗しないためのチェックリスト

せっかくの書き直しがトラブルの種にならないよう、以下のポイントを遵守してください。

1. 撤回対象の特定を明確にする

新しい遺言書を作成する際は、「令和〇年〇月〇日付の自筆証書遺言(または公証役場の第〇号公正証書遺言)をすべて撤回する」と、日付や番号で特定します。これにより、古い遺言との関係性が明確になり、死後の混乱を未然に防げます。

2. 「全文書き直し」による集約の徹底

一部だけの変更であっても、実務上は「旧遺言をすべて撤回した上で、全文を書き直す」ことを強く推奨します。複数の遺言書が並存すると、相続人は「どれが最新か」「どこが抵触しているか」を解読しなければなりません。こうなると、金融機関が手続きを拒否したり、不動産登記の審査で止まったりするリスクがあります。最新の1通にすべての意思を集約させるのが、残された家族への思いやりです。

3. 付言事項(ふげんじこう)による説明

内容を大幅に変えた場合、「なぜあの時と言っていることが違うのか」と不満を持つ相続人が現れます。遺言書の末尾に「長男が長年療養を助けてくれたため」「家族会議の結果、公平を期すために変更した」など、変更に至った理由や感謝の言葉を自分の言葉で添えておきましょう。これがあるだけで、親族間の納得感は劇的に高まります。

4. 証拠の徹底管理(コピーの回収)

前述の通り、破棄したはずの古い遺言書の「コピー」が、親族の不信感を煽り、紛争を引き起こす事例が後を絶ちません。撤回した際は、周囲に渡してあるコピーも可能な限り回収し、破棄した旨を伝えておくのが無難な対応です。

まとめ:後悔のない相続のために定期的な見直しを

遺言書は、一度書いたらそれを守り続けなければならないものではありません。むしろ、ご自身のライフステージの変化に合わせて変更していく「生きた書類」です。

定年退職、孫の誕生、不動産の売却、あるいは推定相続人の死亡など、人生の節目節目で遺言書を取り出し、今の自分の意思とズレがないかを確認する習慣を持ってください。

もし、今の遺言書に少しでも違和感があるのであれば、迷わず撤回・書き直しを検討しましょう。しかし、解説した通り、撤回の手続きには法律上の細かいルールや「撤回したつもりが有効だった」といった落とし穴が潜んでいます。

確実かつ円満な相続を実現するためには、専門家に相談し、最新の法制度に基づいた適正なアドバイスを受けることが、最も安心できる近道です。弊所では新たな遺言書の作成のお手伝いをしております。まずは、お気軽にご相談ください。

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