貸金庫

目次

貸金庫とは

銀行などの金融機関が提供する「貸金庫」とは、個人や法人が大切に保管したい物品を安全に預けるためのサービスです。盗難や火災などの災害から貴重品を守れる点が最大のメリットであり、宝石や貴金属、有価証券、遺言書、権利証、契約書といった重要な書類や財産を預ける場所として広く利用されています。
特に相続の場面では、被相続人(亡くなった方)が生前に貸金庫を利用していた場合、その中身が相続財産に含まれることになるため、貸金庫の取り扱いは重要な課題となります。

貸金庫は単なる「物置」ではなく、法律上も一定の位置づけがあります。契約形態や相続発生時の扱いについて理解しておくことで、スムーズな手続きを進めることが可能になります。

金融機関が提供する安全な保管サービス

貸金庫の基本的な役割は「利用者の財産を安全に保管する」ことにあります。利用者は毎月または年間の使用料を支払い、銀行や信用金庫などが管理する金庫室の一部を借り受ける形で契約します。

利用者が自由に出し入れできるようになっているものの、金融機関側は貸金庫内の中身を把握していない点が特徴です。そのため、金融機関は貸金庫に保管されている物品の管理責任を負わず、あくまで「保管場所を貸す」という性質が強いサービスといえます。

つまり、貸金庫契約は銀行が保有するスペースを一定期間借りる「賃貸借契約」に近い性格を持っています。銀行は金庫室の安全を保障しますが、中身そのものの価値や存在を保証するわけではありません。このため、利用者は貸金庫を「安心できる保管場所」として利用しつつ、内容物については自ら責任を持つ必要があります。

相続発生後に相続人全員が地位を承継

貸金庫契約を結んでいた利用者が亡くなると、その契約上の地位は相続人全員に引き継がれます。つまり、契約者が死亡した時点で、貸金庫を利用する権利は相続人全員が共同で承継するのです。

また、貸金庫内に保管されている現金、貴金属、有価証券、権利証、遺言書などはすべて相続財産に該当します。これらは遺産として分割の対象となり、相続税の課税対象にも含まれます。

ここで注意すべき点は、相続人の一人が勝手に貸金庫を開けたり、中身を持ち出したりすることはできないということです。契約上の権利が全員に共有されているため、原則として相続人全員の同意がなければ手続きを進めることはできません。金融機関も、相続人の一人だけからの依頼では貸金庫の開披や解約に応じないのが通常です。

このように、貸金庫の契約は相続が発生すると一気に複雑になります。内容物を確認する前に遺産分割協議を進めてしまうと、後になって新しい財産が見つかり、協議をやり直さなければならないケースもあります。そのため、まずは貸金庫の契約上の地位や中身の性質を理解したうえで、相続人全員が協力して対応することが重要です。

貸金庫の開披と内容物の持ち出し

貸金庫は被相続人の財産を保管する重要な場所であるため、相続が発生した際には「誰がどのように開けられるのか」「中身を持ち出すことができるのか」という点が大きな問題になります。ここでは、開披(開ける行為)と内容物の持ち出しに関する原則を整理して解説します。

開披は保存行為として単独でも可能

相続人の一人が貸金庫を開けること自体、すなわち「開披」は、相続財産を増減させる行為ではありません。そのため法律的には、財産を現状のまま維持するための保存行為と位置づけられます。保存行為は、共有者の一人が単独で行うことができると民法で定められており(民法252条)、この理屈からすると、相続人の一人でも貸金庫を開けること自体は可能だと考えられています。

また、貸金庫の中身を確認する行為は、相続財産の全体像を把握するための調査権の一環とみなされ、権利行使のために認められるべきだと解釈されています。

ただし、実務上はこの理屈がそのまま通用しないことがあります。金融機関側はトラブル防止の観点から、相続人一人の申し出では開披に応じないことが多いため、結局は相続人全員で揃って手続きを行う必要があるのが現実です。

内容物の持ち出しは相続人全員の同意が必要

一方で、貸金庫の中身を取り出す行為は保存行為には当たりません。財産を処分・管理する行為にあたるため、相続人全員の同意がなければ行えないとされています。

もし一人の相続人が勝手に内容物を持ち出してしまうと、他の相続人から不正な取得として争いになる可能性があります。金融機関もリスクを避けるため、相続人全員の同意書や遺産分割協議書がなければ、内容物の持ち出しには応じないのが通常です。

例えば、貸金庫に現金や有価証券が保管されている場合、銀行側が一人の相続人に引き渡した後、他の相続人から「不公平だ」とクレームを受けるリスクがあります。そのため金融機関は「開披だけは可能性があるが、持ち出しは不可」という立場を取るケースが大半です。

相続実務においては、貸金庫の開披と内容物の持ち出しは切り離して考える必要があります。まずは中身を確認し、遺産分割協議を経て正式に承継手続きを進めることが求められるのです。

遺産分割協議前に貸金庫を確認すべき理由

相続が発生すると、多くの場合、遺産分割協議を行って財産の分け方を決めます。しかし、貸金庫を利用していた被相続人がいた場合は、協議を始める前に必ず貸金庫の中身を確認することが重要です。貸金庫には遺言書や財産が保管されている可能性が高く、それを見落とすと協議自体が無効になったり、やり直しを迫られるリスクがあるからです。

遺言書の有無で協議の要否が変わる

貸金庫に遺言書されている場合があります。
もし有効な遺言書が存在する場合、原則としてその内容に従って相続手続きを進めるため、遺産分割協議そのものが不要になります。つまり、協議を行う前に遺言書の存在を確認することは、相続の大前提を確認するうえで欠かせない手続きなのです。

反対に、遺言書を確認せずに協議をしてしまうと、後から遺言書が発見され、その内容に従い協議をやり直さなければならない事態に発展します。こうした二度手間を防ぐためにも、貸金庫内の遺言書の有無を早い段階でチェックしておく必要があります。

貸金庫財産を把握しないと協議がやり直しに

貸金庫には現金や株券、権利証、宝飾品など、相続財産として重要な価値を持つものが保管されている場合があります。もし貸金庫内の財産を把握しないまま遺産分割協議を終えてしまうと、後に財産が見つかった際に再度協議を行う必要が出てきます。

再協議は相続人間の合意形成を難しくし、感情的な対立を生むことも少なくありません。結果として相続手続きが長期化し、家庭裁判所の調停や審判に持ち込まれるリスクさえあります。

相続人全員の同意がない場合の対応策

貸金庫を開けるためには、原則として相続人全員の同意が必要です。しかし、相続人の一部が協力しない場合や、金融機関が単独での開披を認めない場合には手続きが進められなくなります。このような場合に備え、実務上はいくつかの対応策が検討されています。

公証人立会いの事実実験公正証書の利用

有効な手段の一つが、公証人を貸金庫に立ち会わせて作成する事実実験公正証書です。これは、公証人が貸金庫の開披の場に同席し、内容物やその状況を確認したうえで、経過を公正証書として記録に残す方法です。

この公正証書は高度な証拠価値を持ち、銀行側としても「後から他の相続人に訴えられるリスクが小さくなる」という安心感があります。そのため、相続人全員の同意が得られない場合でも、この方法を提案することで貸金庫の開披や内容確認に応じてもらえる可能性が高まります。

ただし、事実実験公正証書を作成できるのはあくまで「内容物の確認」までであり、その場での財産の取り出しや貸金庫の解約には至らない場合が多い点に注意が必要です。実際に財産を動かすには、あらためて相続人全員の合意や遺産分割協議が必要になります。

裁判所手続きによる解決の可能性

相続人間の対立が深刻で、公証人を介しても開披できない場合には、裁判所を通じた解決が検討されます。例えば、弁護士を通じて家庭裁判所に申立てを行い、保全処分や遺産分割審判の手続きを利用する方法です。
場合によっては、特定の相続人に貸金庫契約者としての地位を単独で承継させる決定が下されることもあります。ただし、これは実務上ハードルが高く、時間や費用もかかるため、最終手段と考えられます。

相続人の意見がそろわず協議が難航すると、手続きが長引き相続税申告や相続放棄の期限に影響を及ぼす可能性もあります。したがって、まずは相続人同士の話し合いを尽くし、それでも難しい場合に公証人や裁判所の制度を利用するという段階的な対応が現実的です。

貸金庫に遺言書がある場合の注意点

被相続人が貸金庫を利用していた場合、その中に遺言書が保管されているケースは少なくありません。しかし、遺言書の種類や保管方法によって、その後の相続手続きの流れが大きく変わります。貸金庫に遺言書を入れてしまうと、かえって手続きが複雑化することもあるため、注意が必要です。

公正証書遺言と自筆証書遺言で対応が異なる

まず、公正証書遺言の場合について説明します。公正証書遺言は公証役場に原本が保管される仕組みになっているため、たとえ貸金庫に正本や謄本が保管されていたとしても、それらを取り出す必要はありません。相続人は公証役場から謄本を請求することで手続きを進めることができるため、比較的スムーズに処理できます。

一方、自筆証書遺言が貸金庫に保管されていた場合は事情が異なります。特に、法務局の「自筆証書遺言保管制度」を利用していなかったケースでは、原本を家庭裁判所に持ち込んで検認手続きを経る必要があります。この際、貸金庫から遺言書を取り出すには相続人全員の同意が必要となり、協力が得られない場合は開披自体が困難になることもあります。

近年は法務局に遺言書を預けておけば、相続開始後に「遺言書情報証明書」を取得して手続きできるようになりました。そのため、貸金庫に自筆証書遺言をしまい込むことは避けた方が良いとされています。

遺言書は貸金庫に保管しないのが望ましい

実務上、最も問題となるのは「遺言書が貸金庫に入っているために、その遺言書を開けるためにさらに遺言書が必要になる」という矛盾です。遺言執行者が指定されていない場合、貸金庫を開けるには相続人全員の同意が必要ですが、その同意を得る前に「その貸金庫に遺言書がある」という事実を証明できないという、行き詰まりの状態に陥ってしまいます。

また、貸金庫の中に遺言書が見つかると、相続手続き全体が遅れるリスクもあります。遺産分割協議を始めた後で遺言書が出てきた場合、協議は無効となり、最初からやり直さなければならないのです。これは相続人同士の関係悪化やトラブルの火種となりやすく、実務においても非常に避けたい事態です。

したがって、相続をスムーズに進めるためには、遺言書を貸金庫に保管することは推奨されません。公正証書遺言であれば公証役場、自筆証書遺言であれば法務局の保管制度を利用することが、安全かつ確実な管理方法といえるでしょう。

貸金庫相続手続きの実務的注意点

貸金庫の相続手続きは、預金口座や不動産と比べるとやや特殊です。必要な書類や手続きを誤ると、思わぬ時間や費用がかかってしまうこともあります。ここでは、実際に手続きを進める際に注意すべきポイントを解説します。

必要書類や立会い要件に注意する

貸金庫の解約や内容物の取り出しには、金融機関ごとに定められた書類が必要です。一般的には、

  • 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本一式 
  • 相続人全員の戸籍謄本または抄本 
  • 相続人全員の印鑑証明書 
  • 遺産分割協議書または相続人全員の同意書 
  • 貸金庫の鍵やカード 

が求められます。特に、預金口座の相続と異なり「貸金庫がある店舗」での手続きが原則である点に注意が必要です。 

また、金融機関によっては相続人全員の立ち会いを求められる場合もあり、最低でも1名以上の相続人が現場に同行しなければならないことがあります。代理人に任せたいと考えても、必ずしも認められるとは限らない点に留意すべきです。 

鍵の紛失や解約費用の負担がある

貸金庫の鍵やカードを紛失していると、再発行や交換の費用が発生します。一般的に15,000円から30,000円程度かかり、作成に時間がかかることもあります。その間、貸金庫を開けられず、相続手続き全体が遅れてしまう可能性があるのです。

さらに、貸金庫の利用料は通常「年間前払い」となっているため、解約時には残り期間分の料金が精算されます。未使用分が返金されるケースもありますが、金融機関によって扱いが異なるため事前確認が欠かせません。

金融機関ごとの手続き方法や順序の違い

貸金庫相続の手続きは、金融機関や支店ごとに対応が異なることがあります。例えば、貸金庫の解約が完了しないと預金解約の手続きに進めない金融機関も存在します。また、支店ごとに内部ルールが違うため、同じ銀行であっても対応の流れが微妙に異なるケースがあります。
そのため、事前に担当支店に問い合わせて必要書類や手続きの流れを確認しておくことが非常に重要です。相続人全員のスケジュールを調整し、必要な書類を漏れなく揃えてから手続きに臨むことで、無駄な時間や費用の浪費を防ぐことができます。

貸金庫を利用する人の特徴と実態

実務の現場では、貸金庫を利用している被相続人はそれほど多くありません。利用率としては1割に満たない印象があり、几帳面で資産管理に慎重な方や、災害・盗難リスクを特に心配する方が借りているケースが多いといわれます。金融機関によっては審査があり、誰でも簡単に借りられるものではない点も特徴です。

したがって、貸金庫がある相続は特殊な部類に入るといえます。そのためこそ、相続発生後に慌てないよう、あらかじめ利用状況を確認し、必要であれば生前に解約や財産整理をしておくことが望ましいのです。

まとめ

貸金庫の相続手続きは、預金や不動産の相続よりも複雑で、相続人全員の同意や多くの書類、金融機関ごとの異なる対応が求められます。さらに、遺言書が見つかった場合や相続人間で意見が一致しない場合には、協議のやり直しや裁判所での手続きが必要となるケースも少なくありません。

こうした手続きをご自身だけで進めようとすると、時間や労力がかかるだけでなく、相続人間のトラブルを招くリスクも高まります。だからこそ、貸金庫の相続に関しては、相続手続きに精通した行政書士に相談することを強くおすすめします。

行政書士であれば、必要書類の収集や金融機関とのやり取りをサポートできるほか、公証人や弁護士と連携してスムーズな解決策を提案することも可能です。専門家のサポートを受けることで、相続人同士が余計な衝突を避け、安心して円満な相続を進められるでしょう。

不安や疑問を抱えたまま放置する前に、ぜひ一度、行政書士にご相談ください。あなたとご家族の大切な財産を守るための最適なサポートをご提供いたします。

面倒な相続手続き、専門家にお任せ下さい
目次